私はどうしたいか?

ここまで書いて気付いた。

4年前に溝口あゆかさんの講座を受けて、私は自分の世界観が恐ろしくネガティブなことを知り、ポジティブに塗り替えようと決意したのだ。


【4年前のネガティブな世界観】

「世の中は、得体が知れない空恐ろしくて怖いところ。人は険しくて厳しくて難しい。」

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【塗り替えられたポジティブな世界観】

「世の中は、温かくて柔らかくて優しいところ。人は皆良い人で、温かくて優しくて困ったら助けてくれる。」


だが、今回の失恋の痛手を受けて、そのショックが余りにも大きかったがために、解釈がまた元のネガティブな世界観に戻ってしまわざるを得ない状況になったのだのだ。

【痛い目に遭う前の世界観】

「世の中は、温かくて柔らかくて優しいところ。

人は皆良い人で温かくて優しくて困ったら助けてくれる。」

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【痛い目に遭った後、ショックでまた元に戻った世界観】

「世の中は、世の中は、得体が知れない空恐ろしくて怖いところ。

人は険しくて厳しくて難しい。」


しかし、個人セッションを受けて自分の世界観を俯瞰し、客観的に検証するうちに、問題は今までの自分の世界観がポジティブに偏っていたことにあることが判明した。


【その後、軌道修正されてバランスをとった世界観】

「世の中はいい人もいれば悪い人もいる。

私にとって、温かくて優しくて困ったら助けてくれる(都合の)いい人ばかりではなく、私を傷つけてダメージを与える人もいる。」

これがニュートラルで二極のバランスが取れ、地に足が着いた世界観。


ここで、「私はどうしたいか?」と言う問いが自然に自分の中から生まれる。

「私は、世の中に対してどうありたいか?」と自分自身に問いかける。

「痛い目に遭っても、原子爆弾並みのショックを受けても、人から何を言われても、私は世の中に対してどう言うあり方をして、世界に存在を発信して生きたいか?」


やはり、

自分にも人にも、温かく優しく柔らかい存在でありたい。

困ったら手を差し伸べて助けてあげる存在でありたい。

そう言う存在としてこの宇宙にあり、そう言う世界を創り出して生きたい。

感動、癒し、健康を創り出して生きたい。


整理すると、

【痛い目に遭った後に軌道修正された新しい私の世界観】

世の中は、良い人もいれば、そうでない人もいる。

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【その上で、私はどうしたいか?】

だけど、私は、温かくて柔らかくて優しい存在でありたい。

感情に寄り添い、共感し、困ったら手を助けてあげられる存在になりたい。

まずは自分に対してそうあろう。

そして、人にも、世界にも。

自分を客観視し、フローに乗る!

感受性が非常に強く、思考エネルギーとの自己同化が著しく激しいタイプです。 世の中の美しいものにも汚いものにも瞬時に同化してしまうため、解釈が極端に偏ってしまいます。 二極の現象世界をバランスよくフラットに客観視するためには、意識的に二極の思考との距離を空ける必要があります。 思考への囚われから意識が解放された時の開放感、自由、楽さの中で、透明に軽やかに生きることを目指します。